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最終更新日
2025/12/08
近年、企業のDX推進やサプライチェーンの複雑化に伴い、サイバー攻撃はますます高度化・巧妙化しています。このような状況下で、組織的なセキュリティ対策の羅針盤として世界的に注目されているのが、NIST CSF(NIST Cyber Security Framework、略してCSF)です。
本記事では、NIST CSFの基本的な考え方から、その構成要素である「コア」「ティア」「プロファイル」、具体的な導入手順、さらには最新版であるCSF 2.0の動向まで解説します。
NIST CSFとは
NIST CSFとは、米国国立標準技術研究所(NIST)が、組織のサイバーセキュリティに関するリスクを管理・軽減するために策定したフレームワークです。NIST CSFは、特定の法律や規制ではなく、組織が任意で利用できるものとして設計されています。
元々は米国の重要インフラ防護を目的としていましたが、現在では世界中のあらゆる組織が、自社のセキュリティ対策を評価し、改善するための「共通言語」として活用しています。
NIST CSFの最大の特徴は、特定の業界や組織の規模に依存しない汎用性の高さにあります。サイバーセキュリティ対策において「何をすべきか(What)」を体系的に示しており、「それをどのように実現するか(How)」は各組織が状況に合わせて柔軟に選択できるため、幅広い組織で導入が進んでいます。
NIST CSFの構成要素
NIST CSFは、主に「フレームワークコア」「フレームワーク導入ティア」「フレームワークプロファイル」という3つの要素から成り立っています。
1. フレームワークコア
フレームワークコアは、サイバーセキュリティに関する活動項目を網羅した集合体であり、インシデントの発生前から発生後までの対策を体系的に理解するのに役立ちます。CSF 2.0へのアップデートにより、従来の5つの機能に「統治」が加わり、6つの「機能(Function)」で構成されています。
統治(Govern)
組織としてのサイバーセキュリティリスクに関する戦略・期待値・方針を定め、それらを適切に共有する。特定(Identify)
組織の資産、システム、データ等を洗い出し、関連するサイバーセキュリティリスクを理解・管理する。防御(Protect)
重要なサービスを提供し続けるために、適切な安全防護策を実施し、サイバー攻撃の影響を封じ込める。検知(Detect)
サイバー攻撃や不正行為の発生をできるだけ早く把握するためのプロセス。対応(Respond)
検知したインシデントに対して、影響を抑制するための適切な措置を講じる。復旧(Recover)
インシデントによって損なわれた機能やサービスを回復するための計画を立て、実行する。
これらの機能は、さらに「カテゴリ」「サブカテゴリ」へと細分化され、具体的な管理策(コントロール)へと繋がっていきます。
2. フレームワーク導入ティア
フレームワーク導入ティアは、組織のサイバーセキュリティリスク管理能力の成熟度を4段階で評価するための指標です。
ティアを用いることで、組織は自社の現状がどのレベルにあるのかを客観的に把握し、目指すべき目標レベルを現実的に設定できます。ティアは、単なる対策の有無だけでなく、リスク管理プロセスがどれだけ形式化され、組織全体で共有・改善されているかを評価します。
部分的(Partial)
リスク管理が場当たり的・事後対応型。セキュリティ活動は文書化されておらず、組織内で一貫性がない状態。リスク情報を考慮(Risk Informed)
リスク管理プロセスは存在するが、組織全体で体系的に実践されていない。外部との情報共有も限定的。反復可能(Repeatable)
リスク管理プロセスが正式に文書化・承認され、組織全体の方針として実践されている。従業員も自らの役割を理解している。適応的(Adaptive)
過去のインシデントや脅威情報、予測に基づき、継続的にセキュリティ対策を改善・進化させている。サイバーセキュリティが組織文化として根付いている状態。
3. フレームワークプロファイル
フレームワークプロファイルは、組織の現状(As-Is)と目標(To-Be)のセキュリティ状態を可視化し、そのギャップを明確にするためのツールです。
具体的には、フレームワークコアで定められた活動項目(サブカテゴリ)の中から、自社の事業目標やリスク許容度に応じて、どの項目をどのレベルで達成すべきかを定義したものがプロファイルです。
現状プロファイル(Current Profile)
現在のサイバーセキュリティ対策の実施状況を示します。「今どこにいるのか」を明確にします。目標プロファイル(Target Profile)
事業目標やリスク評価に基づき、組織が目指すべき理想のセキュリティ状態を示します。「どこへ向かうべきか」を定義します。
この2つのプロファイルを作成し比較することで、対策が不足している領域(ギャップ)が明確になり、優先的に取り組むべき課題を特定した上で、具体的な行動計画を策定できます。
NIST CSF 2.0へのメジャーアップデート
NIST CSFは、2024年2月に発行から約10年ぶりにメジャーアップデートされ、「NIST CSF 2.0」が公開されました。2.0へのアップデートにより、フレームワークは現代の脅威環境により適合したものへと進化しています。
主な変更点は以下の通りです。
新機能「Govern(統治)」の追加
これまでの5機能(「特定」「防御」「検知」「対応」「復旧」)に「統治」が新たに追加され、6機能体制となりました。新機能の追加により、サイバーセキュリティ戦略が組織の経営戦略と密接に連携していることの重要性が強調されています。適用対象の拡大
規模や業種を問わずすべての組織で利用できるフレームワークであることが明記されました。サプライチェーンリスク管理の強調
サプライチェーンを介したリスク(SCRM)に関する記述が大幅に拡充され、組織が自社だけでなく、サプライヤーも含めたリスク管理を行うことの重要性が示されました。
NIST CSFを導入するメリット
NIST CSFを導入するメリットは、以下の通りです。
体系的な対策の実現
「特定」から「復旧」まで(CSF 2.0では「統治」を含む)の機能により、セキュリティ対策の抜け漏れを防ぎ、バランスの取れた投資が可能になります。共通言語の確立
経営層、情報システム部門、事業部門、さらには外部の取引先や監査人と、セキュリティに関する議論を円滑に進めるための共通の基準となります。客観的な現状評価と目標設定
ティアとプロファイルを用いることで、感覚的な評価ではなく、客観的なデータに基づいて現状を把握し、具体的な改善計画を立案可能です。グローバルスタンダードとしての信頼性
世界中の企業や政府機関で採用されているため、サプライチェーンにおける取引先への説明責任を果たしやすくなり、企業の信頼性や競争力向上に繋がります。
NIST CSFを導入するデメリット・注意点
NIST CSFの導入には多くのメリットがある一方、専門知識やリソースが必要であることなど、事前に理解しておくべき注意点も存在します。
専門知識の必要性
フレームワークの各項目を正しく理解し、自社のビジネス環境に適切に当てはめるには、サイバーセキュリティに関する深い知見が求められます。リソース(人材・コスト)の確保
現状評価、目標設定、ギャップ分析、そして継続的な運用には、相応の時間と労力、そして専門知識を持つ人材が必要です。外部コンサルタントの支援が必要となる場合もあります。
NIST CSFを導入する手順
NIST CSFの導入は、一度きりのプロジェクトではなく、継続的な改善サイクル(PDCA)を回していくプロセスです。一般的に、以下の7つのステップで進められます。
1. 適用範囲の決定
最初に、組織のミッションや事業戦略を明確にし、CSFを適用する対象範囲(スコープ)を決定します。
全社的に導入するのか、それとも特定の重要なシステムや部門からスモールスタートするのかを定めます。経営層を巻き込み、ビジネス上の優先順位とセキュリティ目標を連携させることが成功の鍵です。
2. 現状(As-Is)プロファイルの作成
次に、フレームワークコアの項目に照らし合わせ、現在のセキュリティ対策がどの程度実施されているかを評価し、文書化します。
各サブカテゴリに対し、「実施済み」「一部実施済み」「未実施」などを評価していきます。このプロセスを通じて、組織の現在のセキュリティ体制が客観的に可視化されます。
3. リスクアセスメントの実施
組織が直面している脅威や脆弱性を特定し、それらがビジネスに与える影響と発生可能性を評価します。
このリスク評価の結果は、どのセキュリティ対策を優先的に強化すべきかを判断するための重要なインプットとなります。
4. 目標(To-Be)プロファイルの作成
リスクアセスメントの結果や事業戦略に基づき、組織が目指すべき理想のセキュリティ状態(ターゲットプロファイル)を設定します。
現状プロファイルと比較しながら、将来的に達成したい対策レベルを定義します。この際、フレームワーク導入ティアも参考に、組織全体として目指す成熟度レベル(目標ティア)を定めることも有効です。
5. ギャップ分析と行動計画の策定
現状プロファイルと目標プロファイルを比較し、その差(ギャップ)を埋めるための具体的な行動計画(アクションプラン)を策定します。
特定されたギャップごとに、必要な対策、担当者、予算、期限などを具体的に定めます。すべてのギャップを一度に埋めるのは非現実的なため、リスクの大きさや緊急度に応じて優先順位を付けることが重要です。
6. 行動計画の実施
策定した行動計画を実行し、セキュリティ対策を強化します。
新たなセキュリティツールの導入、プロセスの見直し、従業員へのトレーニングなど、計画に沿って具体的な施策を進めます。
7. 継続的な改善
一度計画を実施して終わりではなく、定期的にプロファイルを見直し、変化する脅威やビジネス環境に合わせて対策を更新し続けます。
NIST CSFの運用は、PDCAサイクルそのものです。定期的なレビューを通じて、行動計画の進捗を確認し、新たなリスクに対応することで、組織のセキュリティ体制を継続的に強化していきます。
NIST CSFと関連するフレームワークやガイドライン
NIST CSFは単体で機能しますが、他のフレームワークやガイドラインと組み合わせることで、より効果的かつ具体的にセキュリティ対策を推進できます。
NIST SP800シリーズ
NIST SP800シリーズは、NISTが発行するコンピュータセキュリティ関連のガイドラインや推奨事項をまとめた文書群です。CSFが「何をすべきか」という全体像を示すのに対し、SP800シリーズは「それをどのように実現するか」という具体的な技術や手順を詳細に解説しています。
NIST SP800-53
米国連邦政府情報システム向けのセキュリティ管理策とプライバシー管理策のカタログです。CSFのサブカテゴリを実装するための具体的な管理策の選択肢として参照されます。NIST SP800-171
CUI(Controlled Unclassified Information/管理された非機密情報)を保護するための要件を定めたガイドラインです。特に、米国政府機関と取引のあるサプライヤーに遵守が求められます。
ISO/IEC 27001(ISMS)
ISO/IEC 27001は、ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)の国際規格であり、第三者による認証制度がある点がCSFとの大きな違いです。
CSFはリスク管理に重点を置いた柔軟なフレームワークであるのに対し、ISO 27001はPDCAサイクルに基づくマネジメントシステムの構築・運用に関する要求事項を定めています。両者は補完関係にあり、多くの組織がCSFを対策の指針とし、ISO 27001をマネジメントシステムの基盤として組み合わせて活用しています。
まとめ
本記事では、NIST CSFの基本的な考え方から、その構成要素である「コア」「ティア」「プロファイル」、具体的な導入手順、そして最新版であるCSF 2.0の動向までを解説しました。
NIST CSFを正しく理解し活用することで、自社のセキュリティ体制を客観的に評価し、ビジネス目標と連動した効果的な強化策を実行できます。まずは自社の現状を把握することから始め、組織全体のセキュリティレベルを一段階上へと引き上げていきましょう。
本記事の内容に誤り等がございましたら、こちらからご連絡ください。
監修
Admina Team
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