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Admina Team
2025/08/12
近年、企業のサイバーセキュリティ対策において「ゼロトラスト」という考え方が急速に普及しています。これは、巧妙化・複雑化するサイバー攻撃や、リモートワーク、クラウド利用といった働き方の変化に対応するための新しいセキュリティモデルです。
この記事では、ゼロトラストセキュリティの基礎知識から、実現のための技術、導入の具体的なステップまで分かりやすく解説します。
ゼロトラストセキュリティとは
ゼロトラストセキュリティとは、「決して信頼せず、常に監視せよ(Never Trust, Always Verify)」という原則に基づいたセキュリティの考え方です。従来の対策のように社内・社外といったネットワークの場所で安全性を判断するのではなく、企業のデータやシステムへのすべてのアクセスを「信頼できないもの」と見なします。その上で、アクセス要求があるたびに、ユーザーが本人であるか、使用デバイスは安全か、適切な権限を持っているかなどを厳格に検証し、許可された最小限のアクセスのみを許可します。ゼロトラストセキュリティは、これまで一般的であった境界型セキュリティの弱点を克服するための、現代における標準的なアプローチです。
従来の境界型セキュリティとの違い
境界型セキュリティは、城壁と堀で城を守るような考え方です。一度城の中(社内ネットワーク)に入ってしまえば、比較的自由に行動できました。そのため、境界型セキュリティでは、VPNの認証情報が漏洩したり、マルウェアに感染した端末が内部に接続されたりすると、攻撃者は容易に内部の重要情報にアクセスできてしまいます。
一方、ゼロトラストは、城内のすべての部屋に入るたびに身分証明を求めるようなものです。アクセスする情報やシステムごとに認証・認可を行い、正当な権限を持つユーザーだけが必要最小限のリソースにアクセスできるように制御します。
ゼロトラストを実現する主要な技術要素
ゼロトラストは単一の製品で実現できるものではなく、複数の技術を組み合わせて実装します。ここでは、その中核となる技術要素を解説します。
IDaaS/IdPによる厳格なユーザー認証
ゼロトラストの根幹をなすのが「認証」です。IDaaS(Identity as a Service)やIdP(Identity Provider)といったID管理ソリューションは、すべてのアクセスの起点となるユーザー本人を確実に識別します。多要素認証(MFA)や、ログインする場所、時間、使用デバイスといった状況(コンテキスト)に基づいたリスク評価を行い、認証を強化します。これにより、ID・パスワードの漏洩による不正アクセスを防ぎます。代表的なサービスには、OktaやAzure Active Directory(現:Microsoft Entra ID)などがあります。
EDR/XDRによるデバイスの監視と対応
ユーザーだけでなく、アクセスに使用されるデバイスの健全性を検証することも重要です。EDR(Endpoint Detection and Response)は、PCやスマートフォンといったエンドポイントの操作ログを監視し、不審な挙動を検知・対応する仕組みです。さらに進んだXDR(Extended Detection and Response)は、エンドポイントに加えてネットワークやクラウドなど、複数の領域から情報を収集・分析し、より広範な脅威に対応します。これらの技術により、マルウェアに感染したデバイスからのアクセスをブロックできます。
SASE/SSEによるネットワークセキュリティ
SASE(Secure Access Service Edge)は、ネットワーク機能とセキュリティ機能をクラウド上で統合して提供する考え方です。ユーザーがどこからアクセスしても、一貫したセキュリティポリシーを適用できます。SASEのセキュリティ機能部分を切り出したものがSSE(Security Service Edge)で、具体的には、安全なWebアクセスを実現するSWG(Secure Web Gateway)や、クラウドサービスの利用を制御するCASB(Cloud Access Security Broker)などが含まれます。SASEやSSEを活用することでより、場所を問わない安全な通信環境が提供可能です。
マイクロセグメンテーションによる内部通信の制御
ネットワーク内部のセキュリティを強化する技術がマイクロセグメンテーションです。これは、ネットワークを小さなセグメント(区画)に細かく分割し、セグメント間の通信を厳密に制御する手法です。仮に特定のサーバーが攻撃者に乗っ取られたとしても、他のサーバーやシステムへの通信が遮断されるため、被害の横展開(ラテラルムーブメント)を防ぐことができます。これにより、万が一の侵入時にも被害を極小化し、事業継続性を高めます。
ゼロトラストセキュリティを導入するメリット
ゼロトラストを導入することで、企業は多くの利点を得ることができます。セキュリティ強化はもちろん、業務効率の向上にもつながります。
リモートワーク環境のセキュリティ強化
ゼロトラストは、従業員が自宅や外出先など、社外の様々な場所から業務を行う現代の働き方に最適です。従来のVPNのように、一度接続すると社内ネットワークに広範なアクセス権を与えてしまうのとは異なり、アクセス先のリソースごとに認証・認可を行います。これにより、安全性を確保しながら、従業員はどこからでも必要な情報にスムーズにアクセスでき、生産性を損なうことがありません。
内部不正やマルウェア拡散のリスク低減
「すべてを信頼しない」という原則は、外部からの脅威だけでなく、内部の脅威に対しても効果を発揮します。悪意のある従業員による不正な情報アクセスや、マルウェアに感染した端末が引き起こす被害の拡大を防ぎます。マイクロセグメンテーションによって通信を細かく制御することで、攻撃者がネットワーク内を自由に動き回ることを阻止し、重要な情報資産を守ります。
クラウドサービス利用の安全性向上
多くの企業が利用するMicrosoft 365やGoogle Workspace、Salesforceといったクラウドサービスは、IDとパスワードさえあればどこからでもアクセスできるため、不正アクセスの標的になりやすいです。ゼロトラスト環境では、これらのサービスへのアクセスに対しても多要素認証やデバイス検証を強制し、許可されたユーザーとデバイスからのみ利用を許可します。これにより、利便性の高いクラウドサービスを安全に活用できます。
ITインフラの可視性と管理の効率化
ゼロトラストの導入プロセスでは、誰が、どの端末から、どの情報にアクセスしているかを詳細に把握する必要があります。これにより、これまでブラックボックス化していたITインフラの利用状況が可視化されます。また、SASEのようにセキュリティ機能をクラウド上で統合管理することで、拠点ごとにセキュリティ機器を設置・運用する必要がなくなり、IT部門の管理負荷を軽減し、運用を効率化できます。

ゼロトラストセキュリティを導入するデメリット
多くのメリットがある一方で、ゼロトラストの導入は簡単ではありません。事前に注意点や課題を理解しておくことが成功の条件です。
導入・運用コストの問題
ゼロトラストを実現するためには、IDaaS、EDR、SASEといった複数のソリューションを導入する必要があり、初期費用や月々のライセンス費用が発生します。特に、既存のセキュリティ製品からのリプレイスには相応のコストがかかります。また、これらのソリューションを適切に運用するための専門知識を持つ人材の確保や育成も必要となり、人件費を含めたトータルコストを考慮する必要があります。
既存システムとの連携・移行の複雑さ
長年利用してきたオンプレミスの業務システムや、特殊な通信プロトコルを使用するシステムなど、既存の環境をすべてゼロトラストモデルに適応させることは困難な場合があります。新しいソリューションと既存システムとの連携には、高度な技術的知見が求められることも少なくありません。そのため、一気にすべてを移行するのではなく、段階的に適用範囲を広げていくアプローチが現実的です。
従業員への影響と利便性のバランス
セキュリティを強化するために認証を厳格化すると、従業員の業務プロセスに影響が出る可能性があります。例えば、アクセスのたびに多要素認証を求められると、人によっては煩わしいと感じるかもしれません。セキュリティレベルの向上と、従業員の利便性を両立させることが重要です。なぜ新しい仕組みが必要なのかを丁寧に説明し、理解を得るとともに、ユーザー体験を損なわないような認証方式の設計が求められます。
ゼロトラストセキュリティを導入する流れ
ゼロトラストへの移行は、長期的なプロジェクトとして計画的に進める必要があります。ここでは、NIST(米国国立標準技術研究所)のガイドラインなどを参考に、一般的な導入ステップを紹介します。
1. 現状把握と保護対象の特定
まず、自社の情報資産(データ、アプリケーション、サーバーなど)をすべて洗い出し、その重要度を評価します。特に守るべき重要な情報資産は何かを特定することが最初のステップです。同時に、現在のネットワーク構成や、誰がどの資産にアクセスしているかといった現状のアクセス状況を可視化し、リスクを分析します。
2. ID管理基盤の整備・強化
次に、すべてのアクセスの基本となるID管理基盤を整備します。IDaaSなどを導入してID情報を一元管理し、すべてのユーザーに対して多要素認証(MFA)を必須とすることで、本人確認の精度を高め、不正アクセスの最初の砦を強固にします。
3. デバイスの健全性の可視化
ユーザー認証の次は、アクセスに使用するデバイスの信頼性の確保が必要です。EDRやMDM(モバイルデバイス管理)ツールを導入し、社内で利用されるすべてのPCやスマートフォンのセキュリティ状態(OSのバージョン、ウイルス対策ソフトの状況など)を可視化します。健全でないデバイスからのアクセスを制限する仕組みを構築します。
4. ネットワークのマイクロセグメンテーション化
ネットワーク内部の対策として、マイクロセグメンテーションを導入します。まずは、ステップ1で特定した最重要の情報資産が格納されているサーバー群から着手し、最小単位でのアクセス制御を開始します。これにより、万が一の際の被害拡大を効果的に防ぐことが可能です。
5. 継続的な監視と改善
ゼロトラストは一度導入して終わりではありません。すべてのアクセスログを収集・分析し、常に不審な動きがないかを監視します。AIなどを活用して脅威の予兆を自動で検知し、インシデントに迅速に対応できる体制を整えます。そして、監視を通じて得られた知見を基に、セキュリティポリシーを常に見直し、改善し続けることが不可欠です。

まとめ
ゼロトラストセキュリティは、現代のビジネス環境に不可欠なセキュリティモデルです。従来の境界型防御の限界を克服し、「何も信頼しない」ことを原則に、すべてのアクセスを検証することで、巧妙化するサイバー攻撃から企業の重要資産を守ります。導入には計画的なアプローチと継続的な改善が求められますが、リモートワークの推進やクラウド活用といった現代の働き方を支える強固な基盤となります。本記事で解説した基本概念や導入ステップを参考に、自社のセキュリティ対策の見直しを進めてみてはいかがでしょうか。
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